こんな生き方もあるんだ

 今回ご紹介するのは、元寺田倉庫社長の中野善壽氏の著書「ぜんぶ、すてれば」。中野氏は日本や海外の様々な企業の経営に携わってきたプロの社長でありながら、メディアの取材はほとんど受けず、社員ですら「一時期まで、実在する人物なのかわからなかった」と語るほど、その実像はほとんど知られていませんでした。一方で金持ちになる気がなく「家、車、時計など不要なものをまったく持たない」「稼いだ金は生きるのに必要な分を除き、全部部寄付する」変わった経営者。その中野氏は今年の4月に著書「ぜんぶすてれば」(ディスカヴァー・トゥエンティワン出版社)を出版され、早速購入しました。

なぜこの本を手に取ったかというと、私は恥ずかしながらこの歳になってようやく「本当に大切なこと」を真剣に考え始めたからです。来年1月で開業11年目入りますが、様々な取引に縛られて不自由さを感じていました。必要のないことを止めて仕事をシンプルにしたい、自分の足で人生を歩みたいと昨年から契約や仕事の見直しを始めたときに、中野氏の存在と生き方を知ったのです。

 仕事や人生で、私たちは様々な壁を乗り越えなければなりません。そのとき不必要な所有は重荷になり、立ち止まったり、すぐに方向転換できずチャンスを失ったりします。所有の対象は物だけでなく過去や執着、前例といった有形無形のエネルギーすべてです。本の冒頭で「颯爽と軽やかに歩いて行こうじゃありませんか」とあり、本当に必要なものさえあれば、もっと豊かな人生が”開けてくると著者は云います。中野氏の「持たない生き方」を全部真似することはできなくても、必要なものは何かを見直し、負担を減らすことはできるのではないでしょうか。仕事や生き方を見直したい方にお勧めです。売上の印税は全て「東方地域で支援を必要とする子どもたち」へ全額寄付されるそうです。

中野善壽氏が大切にしていること 

中野氏の生き方は、私たちに人生の在り方の再考を促してくれます。中野氏が大切にしていることをキーワードで3つ挙げるとすれば、「自由、未来、可能性」。これらは全て「変われる」ことばかり。自分が変化できることが人生の本質、醍醐味なのです。それを妨げることを「ぜんぶすてれば」と読者に問いかけているのです。

例えば家や不動産は私たちをそこに縛ります。台風や水害で、自宅や田畑が心配だからと命を懸けて残るなんて本末転倒。所有することは不安を生むだけです。こだわりや執着、前例は過去の遺物。新しい発想が生まれません。旅行に行くときは小さな鞄ひとつだけ。計画も一切立てません。身軽に行動できるし、そこには偶然の出会いが待っているのです。飲み会も捨てます。人間関係は未来を語れる人しか付き合いません。縁のある人はどこかで出会えるのです。

この「変化」は自然の摂理だといいます。「世の中に安定はない。常に流れるのが自然の摂理(P32)」。森羅万象は変化し続けています。地球や太陽系、銀河系は自転公転を止めることはありません。私たちは同じ場所にとどまっていることはないのです。安定を求めるのではなく、変化に対応する力、これが大切だと中野氏はいいます。物質社会に抗うミニマリストではなく、本質を見抜いているからこそ「もたない」のです。        

私が印象に残ったところ

好き嫌いを意識する

中野氏の生き方の根幹は「何も持たないこと」。「何を捨てて、何を残すのか。その選択のセンスはどうやって磨くんですか?」という質問に「僕は好き嫌いをハッキリ意識してきた。」と言います。私たちは「好き嫌いなく食べなさい」「誰とでも仲良くしなさい」と、好き嫌いは良くないこと、克服しなければならないものと教えられてきたように思います。しかし、中野氏は好き嫌いをその場では口にしませんが、これは好きだな、こっちのやり方は好きじゃないなと、理由は後付けでもいいから直感で主観を示していくことを大切にしています。それがないと自分の中の主たる軸ができないのです。
 
中野氏は直感を大切にしていることがよくわかります。行動もまさしく直感から。旅行は計画を立てず、気の赴くままに飛行機に乗る。気になった人はすぐに会いに行く。決めたプロジェクトも、風向きが変わればすぐ止める。まさに自分の直感を信じて即行動。ちょっとした好き嫌いを大事にしているからこそ、直感を信じる決断力になっているのです。好き嫌いを無視していると、感性が磨かれず、重要な決断の時に自分を信じることができなくなるのです。好き嫌いをハッキリ意識すると、ちょっとした違和感まで逃さない。それが感性を高め、直感を信じる決断力の基礎になり、自分の軸になる。

止める勇気


車にブレーキとアクセルがあるから安全に走れるように、人も「進む」と「止まる」のバランスの良い使い分けが大事。進んだら、常に周りに吹く風の変化を感じながら「あれ?」と思ったら立ち止まる。「これ以上進んだら危険だ」と感じたら、迷わずブレーキを踏むのが大事、と中野氏は言います。

「最後まで諦めないこと」は誇らしいこと。逆に「止まること」は、後ろめたいこと。私はこのように教えられてきた気がします。しかし進み続けた結果、損失が拡大した、貴重な時間を失った、体を壊したといった例に枚挙にいとまがありません。「進む」と「いつでも止まっていい」はセットと考えてみる。何かおかしいと思ったら止めていい。そのほうが、かえって気軽に挑戦しやすくなるのです。

中野氏の止め時の見極めは「頑張りすぎている」「不自然な力みが生じた」「自分らしくない」と感じたとき。止め時の最大の障害は「ここまでやったんだから」という蓄積。それが足かせになって、ずっと引きずってしまう。「目標に向かって突き進め」といのは、明治時代の欲を前提にした富国強兵の精神という。私は今まで進み方ばかり学んできたが、止め方は知らかなった。意識したこともなかった。止めてはいけないという考えに苦しんだこともあった。「進む」と「止まる」はセット。なるほど気持ちが楽になります。

捨てる以前に持たなくていい

中野氏のライフスタイルの基本は、すてる以前にまず「持たない」こと。家は台湾の賃貸暮らし。家具はごく限られた最小限だけ。土地や家を売買する煩雑な手続きもしなくていいし、災害での心配が一つ減るのです。車はなく、高価な腕時計にも興味はありません。服はいつでも捨てれる気軽なもの。いつ捨てたっていい服を着ていれば行動を制限されないから、いつでも思い切れるといいます。また、持たなければ生活が物で埋め尽くされないし、「いらない」と手放した瞬間、モノに執着していた精神が解き放たれて、新しいことにエネルギーが注げるようになる。つまり精神が自由になれるのです(P61)。

『ぜんぶすてれば』を読むと、中野氏が大切にしているであろうキーワードがいくつか見えてきます。それは「直感」「可能性」「自由」「行動」。つなげて一言でいうと、「直感に従い、可能性がある未来へ、自由に行動できること」。それを妨げることは持たない。これが本質なのでしょう。本当に大切なことが見えているからこそ、持たなくていいし、捨てることができる。中野氏の息子さんは「父は『シンプル・イズ・ベスト』を極める人。ひとつのゴールを目指していたのに、オプションがたくさんついて事態が複雑化してしまうことがあります。そのとき、父は迷わず『シンプル』に立ち戻って本質以外をそぎ落とすのが得意です。」と評します。

感想


そもそもなぜ私がこの本に興味を持ったかお伝えします。私は2011年に開院し、来年1月には12周年を迎えます。その間、様々な契約やお付き合いが増え、事業が拡大した反面、縛られて不自由さも感じていました。11年目を迎える前に、本当に大切なことは何か再考し整理したいと、様々な見直しをしていました。まさにその時、この本に出合ったのです。今の自分に必要な情報は勝手に飛び込んでくるものです。拝読すると、まさに私が感じていたことが間違っていなかった、選択した道が正しかったのだと確認することができたのです。

事業だけでなく、私生活でも所持品を「一年間未使用」という基準を設けて見直しました。たくさんの処分物が出てきて、部屋がすっきりしました。すると驚くことに、新しいアイデアが湧いてきたり、良い出会いにめぐり逢えたりと、次々に嬉しいことが増えたのです。

中野氏が「出会いと別れはセット」「別れは未来への前向きなスタートライン」というように、手放すことでそのエネルギーが未来へ向かったのです。週刊『今週のスマイル』に中野氏のお話を掲載すると患者様から思った以上に反響がありました。内容は賛否両論ですが、共通したご意見もありました。それは「いつも使うものは決まっている。」「いつか使うととっておいても、結局使わない。」つまり、大切なものはごく僅か、いつも使うものこそ本当に大切なもの、ということなのです。

みなさんはどう思われましたか。価値観に正解はなく、多様な意見があって然るべき。毎日を過ごしていると、有形無形のさまざまなことが増え、抱えていること自体がエネルギーを消費します。私たちも時々立ち止まって、今の生活や仕事を見直してみる必要があるのかもしれません。「ぜんぶ、すてれば」は私たちに「本当に大切なことな何か」を考えさせるきっかけとなってくれます。